「一括賃金制」は実行可能であるか?
会社と周さんは「残業代を含め月給は4000元とする」と約定していた。周さんは退職後、労働仲裁を申し立て、会社に残業代の支払いを求めた。会社は残業があったことは認めたが、「双方で約定した月給に残業代は含まれていた」と抗弁した。仲裁委員会は会社側が本来の残業代との差額を支払うとの裁決を下した。この事件は最高人民法院が2022年に発表した労働人事紛争の典型事例の一つである。
一部の企業は、従業員と不確定の残業代や業績賞与などすべての労働報酬を含めた固定的な賃金額を約定する。一般的に「一括賃金制」と呼ばれている。このような約定が有効であるか否かについては、法令に明確な規定がないため、HRのあいだでも見解が分かれることが多い。そのため、労働仲裁と司法部門の実務的な意見から検討する必要がある。
大まかにいえば、従業員を2つに分けて検討するとよい。
まず1つは、工場の現場作業員など賃金が比較的低い末端従業員について。実務では、現地の最低賃金を基数に残業代を計算し、「一括賃金制」の金額と比較し、残業代が少ない場合は差額を補填しなければならないという考え方が主流である。北京、江蘇ではこの考えを採用している。北京市高級人民法院、北京市労働争議仲裁委員会が発表した『労働争議事件の法律適用問題に関する検討会議事録』第23条には、「実際に支払われる賃金に残業代が含まれるか否かについて使用者と労働者が書面で約定していない場合、支払済みの賃金に通常勤務時間の賃金と残業代が含まれていることを証明する証拠を使用者が有する場合、支払済みの賃金に残業代が含まれていたと認定する。但し、換算後の通常勤務時間の賃金は現地の最低賃金基準を下回ってはならない」と規定している。江蘇省高級人民法院、江蘇省労働争議仲裁委員会が発表した『労働争議事件の審理に関する指導意見』第23条には、「使用者が実際に労働者に支払った賃金について、通常勤務時間の賃金と残業代が明確に区分されていないが、支払済みの賃金に通常勤務の賃金と残業代が含まれていたことを証明する証拠がある場合、支払済みの賃金に残業代が含まれていたと認定する。但し、換算後の通常勤務時間の賃金が現地の最低賃金基準を下回る場合や、出来高払い制における労働ノルマが明らかに不合理である場合を除く。」と規定している。本件における裁判所も当該意見を採用している。
次に、高級管理職について。実務では、「一括賃金制」の約定の実質的な効力を否定しないという意見が主流である。具体的には、
多くの省・市では、会社が高級管理職に対して不定時労働時間制を採用する場合、審査許可手続きを行う必要はないという規定があるため、関連事件における高級管理職の残業代請求は認められない。『北京市企業による労働時間総合計算制と不定時労働時間制の実行弁法』 第16条(京労社資発2003157号)、『労働争議事件の審理における若干問題に関する安徽省高級人民法院の指導意見』第8条、『労働争議事件の審理における若干問題に関する陝西省高級人民法院の解答』(陝高法2020118号)、『労働争議事件の審理における若干問題に関する山東省高級人民法院審監三庭の解答』第23条などに類似の規定が存在する
深セン地区は少し特殊である。『深セン市における不定時労働時間制及び労働時間総合計算制の実行に関する審査認可管理業務試行弁法』(深労社規200913号)第15条には、「使用者は『会社法』の規定に合致する高級管理職に対して不定時労働時間制を実行する場合、審査認可手続きは行う必要がない」と規定している。当該規定は2018年に廃止されているが、司法事件では未だに当該意見が引用されている。例:(2021)粤0303民初1811号。
また、上海市においても明文化した規定はないが、上海市高級人民法院は個別事件の裁判において類似の意見を示している。例えば、(2021)滬民申445号事件においては、上海市高級人民法院は「不定時労働時間制を認定する根拠は、その職位自体が不定時労働時間制の客観的かつ現実的な特徴を有するか否かにある。従って、労働行政部門の許可を得ていない場合においても、人民法院は法により、特定労働者の職位に対して不定時労働時間制を実行するか否かを認定することができる。」と指摘した。
以上のことから、「一括賃金制」適用には一定の余地がある。但し、実務において、職務、賃金水準、所在地の労働仲裁委員会及び裁判所の実務規則などを総合的に考慮して慎重に設定する必要がある。