契約詐欺に対して刑事責任を追及できるか

金銭消費貸借契約の書面において、借主は「不動産と車を所有し、返済能力がある」と記載しているが、実際には不動産も車も持っていない。このような借主を訴えたとしても、回収する見込みはなさそうだが、契約詐欺罪として刑事責任を追及することはできるのだろうか?

この問題は民事契約詐欺と詐欺罪の区別にかかわる。

相手が不法占有を目的としているか否かが、民事契約詐欺行為と契約詐欺罪を区別する鍵となるというのが主流的な見解だ。実務においては、この主観的要件に対して、個別案件毎の例えば、相手のプロジェクトの真実性、契約履行の能力、履行行為、取得した財物の処置状況、契約未履行の原因及び事後の態度などの要素からなる客観的状況を照らし合わせ総合的に判断しなければならない。(2025年データベースに追加された判例(2023)青刑終45号及び2023年『検察職能を全面的履行し、民営経済の発展と強大化を推進することに関する最高人民検察院の意見』を参照)。

契約履行の能力については、契約詐欺罪の行為者が契約締結時に、契約履行の能力を全く備えていない場合、通常、不法占有を目的としていると推定することができる。但し、「契約締結時に一部の契約履行の能力を有し、その後、契約履行の能力を整備し、積極的に履行した場合、契約詐欺罪として刑事責任を追及することができない」(最高人民検察院の指導判例第91号の温氏に係る契約詐欺立件監督事件を参照)。

契約履行の行為については、「行為者の契約履行の誠意の有無及び契約履行の程度」が重点的に考慮される(2023年データベースに追加された判例(2017)滬01刑終1350号を参照)。契約詐欺罪の行為者は契約を履行しないのが多いのに対し、民事契約詐欺の行為者は契約を積極的に履行することが多い。

また取得した財物の処分においては、契約詐欺罪の行為者は散財、流用、持ち逃げなど、取得した財物を犯罪活動に用いることが多いが、民事契約詐欺の行為者は通常、取得した財物を正当な用途に用いる。

また、実務上、特に注意すべきことは、このような事件は「刑民交差(注:刑事法的関係と民事法的関係の両方ともに関与し、相互に直接交差、関連、影響する事件)」であるということでだ。

様々な要素を総合した結果、民事契約詐欺に該当すると判断すれば、民事訴訟手続きを通じて権利を守るのが一般的である。『民法典』第148条と第157条の規定によると、詐欺被害者は取消権を有し、かつ相手に財産の返還、損害賠償を求めることができる。ただし、この取消権の行使には除斥期間があり、『民法典』第541条によると、取消権は、債権者が取消事由を知った日又は知り得た日から1年以内に行使しなければならない。債務者の行為発生日から5年以内に債権者が取消権を行使しない場合は、当該取消権は消滅する。

また、契約詐欺には違約を伴うことが多いため、約束を遵守する側の当事者は違約賠償を主張することもできる。

様々な要素を総合した結果、契約詐欺罪になる可能性があると判断すれば、「刑民交差」に関わるため比較的複雑となる。

状況1:刑事事件の立件条件を満たしている場合、直接、刑事告訴を行い、公権力の救済を求める。詐欺の対象となる財物については、刑事訴訟法司法解釈第176条の規定に基づくと、強制的搾取、不正に搾取された財物は返還・損害賠償により、財物の回収・賠償を受ける。返還・賠償されない部分について別途起訴できるかについては、ケースバイケースで分析する必要がある。また、司法実務において遵守される「刑事優先」の原則によると、刑事事件として受理された場合、民事事件として受理されない。  

状況2:民事紛争として提訴し、審理において裁判所が犯罪の疑いが認められた場合、通常、全部または一部を公安機関または検察機関に移送する。一部移送された場合、民事紛争事件としての審理は中止され、刑事判決が下ったあとに審理が再開される。例外的に「民事優先」または「刑事と民事の並行」が認められる場合もある。

状況3:民事紛争として提訴し、民事判決が下された後、犯罪の疑いが発見された場合、民事判決が刑事告訴に影響を与えるかについては、意見が一致しない。公安機関は「紛争は民事訴訟により解決された」として、立件しないことが多い。2025年最高人民法院データベースに追加された判例(2023)青刑終45号では、裁判所は「発効した判決では、双方間の法律関係を契約紛争である確認した」ことが、契約詐欺罪を構成しない原因の一つであるとした。但し、「刑事裁判は先行民事判決による拘束を受けるべきではない」という見解もある。例えば、(2018)皖13刑終587号事件では、裁判所は「弁護人が提出した本件における複数の事案が仲裁又は民事訴訟を経ているため、刑事事件として処理するのは不適切だという問題について、調査した結果、被告人の楊氏が不法占有を目的として、詐欺により何度も他人の金銭をだまし取っおり被害者が何度も返還を要求したが、被告人の楊氏は依然として返還を拒否し、かつ被害者を避けいたことが分かった。本件発生前に自分の権利を守るために一部の被害者が民事訴訟を提起したことは、被告人の楊氏の行為が契約詐欺罪になるという認定に影響を与えない。被告人の楊氏は上述の金額に対して契約詐欺罪による刑事責任を負わなければならない。」と指摘した。